資料室[発給文書]list-5


織田信長発給禁制一覧


[ 禁 制 ]


 こちらでは、織田信長が発給した文書の中から禁制(制札、高札ともいう。一般的に、禁制は紙に記したもの、高札や制礼は将棋の駒形の木札などの板に記したものと分類する考え方もある。内容は同様に禁止や掟を示す。戦国期の戦争の際、軍隊のとる濫妨・狼藉・放火といった行為から例外的に寺社・村落・市場・宿場町を保護するのが目的に下付された文書。受給者が保護を受けるのが目的で礼銭を支払って交付された場合が多い。掟、条書も含める。)だけを分類してリストにしました。文書の内容を確認したい場合は、各文書の「文書No.」または「文書名」をクリックして下さい。そのまま文書解読研究室(labo-10)内の解読済み該当文書の文書解析ページへジャンプします。

文書
No.

元号

発給年
未詳は赤字

文 書 名

出 典
【1】尾張在國時代
1 天文 十八 1549 11 - 尾張熱田八ケ村宛制札 名古屋市、加藤秀一氏旧蔵『尾張国遺存織田信長史料写真集』「口絵」
108 天文

二十三

1554 11 - 尾張法輪寺宛禁制写 『寺記』
26 永禄 1558 12 - 尾張雲興寺宛禁制 『雲興寺文書』○尾張
28 永禄 1560 12 - 尾張東龍寺宛禁制案 『東龍寺回答書』
29 永禄

四 

1561 6 - 美濃神戸市場宛禁制 『岐陽遺文』「高橋宗太郎氏所蔵文書」『織田信長公三百六十年忌記念展覧会図録』所収
34 永禄

六 

1563 4 17 尾張妙興寺宛禁制写 『妙興寺文書』○尾張
38 永禄

  

  10 - 尾張曼陀羅寺宛禁制 「尾張曼陀羅寺文書」『尾張国遺存織田信長史料写真集』所収
43 永禄

  

  12 - 尾張瀬戸宛制札 「加藤新右衛門氏所蔵文書」『尾張国遺存織田信長史料写真集』所収
【2】美濃(岐阜)在國時代
70 永禄

十 

1567 9 - 美濃多芸荘椿井郷宛禁制 「西原源一氏蒐集文書」『伊勢古文書集』一上
71 永禄

  

  9 - 美濃北加納宛禁制 『美濃円徳寺制札』
永禄

  

 
永禄

  

 
永禄

  

 
永禄

  

 
永禄

  

 
永禄

十一

1568
永禄

十二

1569
永禄

十三

1570
元亀

 
元亀

1571
元亀

1572
元亀

1573
天正

 
天正

1574
天正

1575
【3】近江(安土)在國時代
天正

1576
天正

1577
天正

1578
天正

1579
天正

1580
天正

1581
天正

1582
【4】年代未定
【禁制】LIST

尾張熱田八ケ村宛制札     1
尾張法輪寺宛禁制写      補108
尾張雲興寺宛禁制       26
尾張東龍寺宛禁制案      28
美濃神戸市場宛禁制      29
尾張妙興寺宛禁制写      34
尾張曼陀羅寺宛禁制      38
尾張瀬戸宛制札        43
美濃多芸荘椿井郷宛禁制    70
美濃北加納宛禁制       71
美濃崇福寺宛禁制       72
美濃千手堂宛禁制       73
美濃楽市場宛制札       74
美濃美江寺宛禁制       75
美濃丸毛不心斎宛禁制     81
近江永原重康宛条書      89
美濃瑞龍寺宛禁制       95
近江成菩提院宛禁制      96
近江多賀社等宛禁制      97
近江沖島宛禁制        101
近江永源寺宛禁制案      102
京都上京宛禁制        103
山城吉田郷宛禁制       104
[付録]柴田勝家等連署禁制写 105
山城八瀬荘宛禁制       106
洛中余部某宛禁制       107
山城賀茂社領境内六郷宛禁制  108
山城若王子社等宛禁制     109
山城大山崎宛禁制       110
山城大徳寺宛禁制       111
山城妙心寺宛禁制       112
山城南禅寺宛禁制       113
山城知恩院宛禁制       114
山城清水寺宛禁制       115
山城東寺宛禁制        116
山城清涼寺宛禁制       117
山城遍照心院宛禁制      118
山城本能寺宛禁制       119
山城妙伝寺宛禁制       120
山城妙顕寺宛禁制       121
摂津本興寺宛禁制       122
大和法隆寺宛禁制       128
河内志紀長吉社宛禁制     129
播磨鶴林寺宛禁制       158
伊勢朝熊三村宛禁制写     197
近江菅浦宛禁制案       239
近江菅浦宛禁制案       242
山城本能寺宛禁制       267………119
[参考]越前白山中居社宛菅屋長頼禁制案 
尾張府中市場宛禁制      301
摂津長遠寺宛禁制案      313
近江金森宛条書        341
近江永明寺宛禁制       345
山城大山崎惣荘中宛禁制案   365………110
大和薬師寺宛禁制       381
越前河野浦・今泉浦・赤はけ宛禁制 384
越前別印村千福氏知行方宛禁制 389、
越前惣社等宛禁制       391
越前御簾尾村宛禁制      392
越前井川村宛禁制       393
越前西福寺宛禁制       394
越前滝谷寺宛禁制       395
越前称念寺宛禁制       396
伊勢専修寺宛禁制       418
大和法隆寺宛禁制案      440………128
山城金戒光明寺宛禁制     485

下巻

山城清涼寺宛村井貞勝・明智光秀連署禁制497
越前織田荘宛禁制       551
越前熊坂郷宛禁制       552
越前永平寺宛禁制       553

61 越前寮村宛禁制        554
越前新郷郷宛禁制       555
 [参考]越前新郷郷宛柴田勝家禁制
 [参考]越前称念寺宛柴田勝家禁制
 [参考]越前称名寺宛柴田勝家禁制
越前竹守村宛禁制写      556
播磨綱千郷宛禁制       624
紀伊大田村宛禁制       643
紀伊大田村宛禁制       688………643
和泉松尾寺宛禁制       705
大和法隆寺東寺宛織田信忠禁制 743………
大和薬師寺宛織田信忠禁制   744………
摂津四天王寺宛禁制      765
71 山城上牧郷宛禁制       798
摂津塩川領宛禁制       799
大和金峯山寺宛禁制写     806
大和薬師寺宛禁制       823………
摂津塚口宛禁制        856
摂津西宮宛禁制        857
信濃諏訪明神社家宛禁制    986
信濃諏訪社神社寺宛禁制写   987
信濃上坊宛禁制写       988
80 信濃上坊院宛禁制写      989
  信濃満願寺宛禁制       990
信濃慈雲寺宛禁制       991
信濃乾福寺宛禁制写      992
信濃吉野郷宛禁制       993
信濃南方村宛禁制       994
信濃田辺郷宛禁制写      995
信濃小林村宛禁制       996
信濃大野郷宛禁制       997
信濃比持郷宛禁制       998
信濃大嶋町宛禁制       999
91 甲斐伝嗣院宛禁制       1000
甲斐保■郷宛禁制       1001
甲斐奈良原宛禁制       1002
 [参考]甲斐奈良原宛禁制
甲斐川口郷宛禁制       1003
甲斐諏訪社宛禁制       1017………
甲斐島上条八幡宮宛禁制写   1018
甲斐御嶽社宛禁制       1019
甲斐美和社宛禁制       1020
甲斐慈照寺宛禁制       1021
100甲斐法善寺宛禁制       1022

  甲斐穀蔵寺宛禁制写1023
  甲斐仁勝寺宛禁制写1024
  甲斐恵雲院宛禁制1025
  甲斐長慶寺宛禁制1026
  甲斐実相院宛禁制1027
  甲斐少林寺宛禁制写1028
  甲斐光西寺宛禁制1029
  甲斐信盛院宛禁制写1030
  甲斐法正寺宛禁制写1031

110甲斐向岳寺宛禁制1032
  甲斐雲峯寺宛禁制写1033
  甲斐東林院宛禁制写1034
  甲斐大善寺宛禁制1035
  甲斐須沢郷宛禁制1036
甲斐山上郷宛禁制1037
甲斐神戸郷宛禁制1038
甲斐小室郷宛禁制1039
甲斐下宮地郷宛禁制1040
甲斐上条宛宛禁制写1041
甲斐下井尻郷宛禁制1042
甲斐岩下郷宛禁制写1043
甲斐西保郷宛禁制写1044
甲斐仏師原郷宛禁制1045
甲斐於曽郷宛禁制1046
甲斐西海郷宛禁制1047
某所宛禁制写1048
某所宛禁制1049
某所宛禁制写1050

●補遺
尾張定光寺宛禁制写 補遺7
尾張正法寺宛禁制写 補遺49
尾張正眼寺宛禁制写 補遺51
近江伊香立宛禁制  補遺65
摂州湯山宛禁制写  補遺99
尾張法輪寺宛禁制写 補遺108
尾張真福寺宛禁制写 補遺112
三河法蔵寺宛禁制  補遺144
越前石場荘宛禁制写 補遺164
越前風尾村宛禁制  補遺165
越前河口荘荒居郷宛禁制 補遺167


全139件

 国宝 東寺百合文書のうち
織田信長禁制
一幅
京都府立総合資料館蔵

 大判画像


永禄十一年九月七日、岐阜より上洛の途についた織田信長は、近江で六角氏側の諸城を破り、二十二日桑実寺で足
利義昭を迎え琵琶湖を渡る。そして二十六日、ついに信長は義昭を擁して入京し、自らは東寺に着陣する。翌日義
昭は清水寺から東寺に移り、信長・義昭軍は、西岡から、三好三人衆の一人石成友通のこもる山城勝龍寺を落と
し、さらに摂津芥川を陥落させるが、この間に松永久秀もいち早く降伏する。この未知の信長軍入京にあたって、
京都の人々の動揺にはただならぬものがあり、信長側でもそれに対応して軍紀の引き締めに努めたという。禁制も
京都の各所、寺社・町などに充てて出されたが、本営となった東寺のものには、特に「付」として寄宿禁止条項が
加えられている点が注目されている。なおここにみえる信長朱印は有名な「天下布武」の印文を持つ楕円形印であ
る。

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