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labo-12【本能寺の変探求委員会


 愛宕百韻

行祐の句

「愛宕百韻」の中から愛宕西之坊威徳院住職、行祐の詠んだ11句のみを取り出してみました。本来「愛宕百韻」は連歌という形式をとっておりますから、作者別に句を並べても、その前後の句との関係を見なければ連歌としての意味を成さないことは明かです。ですから、全体をよくお読みいただいたうえで、この行祐の詠んだ句の役割や癖など、個人的な情報を掴むための鑑賞を目的として、このページを設けました。

 No. 行祐が詠んだ句
002  水上まさる庭の夏山

009
 秋は只涼しき方に行きかへり

016
 ただよふ雲はいづちなるらん

023
 度々の化の情はなにかせん

032
 うらめづらしき衣手の月

055
 浅からぬ文の数々よみぬらし

064
 捨てしうき身もほだしこそあれ

071
 爰かしこ流るる水の冷やかに

085
 寝もせぬ袖のよはの休らい

090
 みず垣は千代も経ぬべきとばかりに

097
 うちみえつつもつるる伴ひ


 水上まさる庭の夏山

 この句は、愛宕百韻の脇句といい、発句に付けた第二句目にあたります。
そしてこの句は、ちょうど一年ほど前に丹波宮津で
細川藤孝が詠んだ句に類似していることが『真説 本能寺の変』(集英社)の中で指摘されています。その藤孝が詠んだ句というのは

   夏山うつす水の見なかミ

というものです。
 『真説 本能寺の変』での立花京子氏の論によれば、宮津連句会の連衆も、藤孝以外では明智光秀、里村紹巴らで愛宕百韻のメンバーとほぼ同じのようです。愛宕西之坊威徳院住職の行祐が一年前に細川藤孝が詠んだ句を知っていたというのです。もしそれが本当であるなら、そこに込められた意図は何だったんでしょう?

 細川藤孝の句は、「夏山」ではじまり「見なかミ(みなかみ)」で終わっています。そして行祐の句はその逆で「水上(みなかみ)」ではじまり「夏山」で終わっています。

 この句の解釈として立花京子氏は、以前よりこの計画(信長暗殺)に加わっていた細川藤孝が愛宕での集会に急用で来られなくなったので、藤孝の代わりとして行祐が藤孝の句を逆さまにしてその気持ちを表したのではないかと推理したとしています。

 

 秋は只涼しき方に行きかへり

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 ただよふ雲はいづちなるらん

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 度々の化の情はなにかせん

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 うらめづらしき衣手の月

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 浅からぬ文の数々よみぬらし

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 捨てしうき身もほだしこそあれ

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 爰かしこ流るる水の冷やかに

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 寝もせぬ袖のよはの休らい

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 みず垣は千代も経ぬべきとばかりに

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 うちみえつつもつるる伴ひ

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12研究室愛宕百韻全文

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