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織田信長文書   <

補117
号文書>  永禄10年12月5日(1567)
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万里小路惟房宛朱印状 熱田神宮所蔵 ○尾張
   影印を確認する

綸旨・女房奉書、殊紅衫被下候、則致頂戴、

忝事不斜候、随而被仰出条々、先以意得奉存候、

旁従是可致言上候、恐惶敬白、

    (永禄十年)
    十二月五日       信長(朱印1)
        (惟房)
     万里小路大納言殿

          人々御中




*1    *2       *3
綸旨女房奉書、殊に紅衫下され候、則ち頂戴致し、

*4
忝き事斜めならず候、随而仰せ出さるる条々、

      *5こころえ
まずもって意得存じ奉り候、

*6               *7
旁是より言上致すべく候、恐惶敬白

    (永禄十年)        *8
    十二月五日       信長(朱印1
      *9惟房
     万里小路大納言殿

          人々御中

 





 (省 略)
 


解説

                    
 この文書は、織田信長が正親町天皇綸旨・女房奉書・殊に紅衫を賜ったことを感謝し、仰付の条々については叡旨に副う旨を万里小路惟房に伝えて、執奏を願ったものである。
年紀は記されていないが、立入宗継文書・勧修寺文書から永禄10年(1567)に比定される。

文責/ 研究員「ら」   
   

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 【脚注】
            *
 (* 1) 綸旨 / りんじ
 
 天皇の意志を伝える
奉書形式の文書。平安中期より用いられるようになった。本来は天皇の私的な用務を処理するあために蔵人(くらうど)が奉じるものであったが、院政の政務文書として院宣が確立すると、その影響を受け、天皇親政時の政務文書として蔵人とともに弁官・伝奏も奉ずるようになった。蔵人が奉じる場合には宿紙(薄墨紙)が用いられた。   
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 (* 2) 女房奉書 / にょうぼうほうしょ
 
 中世・近世、天皇・上皇の仰せを側近の女房が奉じて伝奏に伝えるための文書。仮名分の消息体で、散書(ちらしがき)が用いられることが多い。日付・差し出し書を書かず、宛名は礼紙(らいし)の奥(左)に書かれた。 
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 (* 3) 紅衫 / こうさん

 衫とは一重の着物のこと。襦袢。単位の総称。つまり、紅色の衫。
 そういえば、信長の肖像画で信長が身に纏っているのがこの紅衫ではないだろうか?  
 
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 (* 4) 忝き事 / かてじけなきこと
 
自分の分に過ぎて有り難いこと。謙遜の意を示す語。  
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 (* 5) 意得 / こころえ
「意」と書いて「心」の意味。旧字で「意」と書くことがあった。  
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 (* 6) 旁是 / 
   
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 (* 7)恐惶敬白  / きょうこうけいはく
 
書留文言としては最上級の敬意を示したものといえる。 
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 (* 8)  朱印1 / しゅいん1
   
この「天下布武」の印文のある朱印状としては、極めて早期に属する。
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 (* 9)万里小路(惟房)大納言 / までのこうじ(これふさ)
  
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●参考/増訂 織田信長文書の研究 補遺(吉川弘文館)
新版 角川 日本史辞典    (角川書店) 
  広辞苑 第四版     (岩波書店) 




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