囲碁の発祥は、インド、チベット、中国の辺りではないかと言われていますが、他にも異説が多く、はっきりしていません。また囲碁は、古代中国の皇帝(=尭帝・舜帝)が、自分の息子に帝王学を学ばせるための躾の一つとして囲碁を創って教えたという伝説や、また碁盤は宇宙、碁石は星のかわりで、カレンダー、占いに使ったという話もあります。
中国の古い書物(論語・孟子)等には囲碁のことが沢山書かれており、また紀元前770〜前221年頃の春秋・戦国時代には、囲碁は戦略、政治、人生のシミュレーションゲームとして少しづつ広まっていきました。
現存する最古の棋書は、『忘憂清楽(ぼうゆうせいらく)集』 でその中に呉の孫策と呂範が打ったとされる囲碁の記録(=棋譜)があります。また、山海経、坐隠談叢、博物誌、史記、論語・孟子など古い文献には囲碁のことや故事などが書かれています。
日本でも人気のある「三国志」のもととなった『三国志演義』には、合戦で矢をうけ負傷した関羽が、医者から毒矢の傷の手当をうけた際に、麻酔のなかったこの時代に、その代わりに馬良(=仲間の武将)と囲碁をしながら治療を受けたという逸話が紹介されています。
中国では、古くから君子のたしなみとして「琴棋書画」(きんきしょが)を幼少時期から習わせる風習がありました。
「琴(きん)」は音楽、「棋(き)」は囲碁、「書(しょ)」は書道、「画(が)」は絵のことを指していて、立派な皇帝になる為の帝王学の中には囲碁の勉強があったということになります。
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