破鐘
(JR比叡山坂本駅前) |
破鐘は1571年(元亀2年)の織田信長による比叡山焼き打ちの際、信長軍の襲撃を受けた地元の村人が周囲に危機を知らせようと懸命に鳴らし続けた際にひびが入ったとされる。
以後も延暦寺の直轄寺院の生源寺で保管されてきた。新調されるまでの間、近くの日吉大社の山王祭でも儀式の合図に使われてきた。
このほど、旧坂本村と大津市との合併五十周年記念事業の一環として、滋賀県大津市坂本学区自治連合会から延暦寺に破鐘の譲渡を申し入れ快諾されたの。
(2001.9.18)
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■信長の焼き打ちを今に伝える
延暦寺の 地元の宝に
織田信長の焼き討ちを知らせたとされる比叡山延暦寺の破鐘(われがね)が、地元の滋賀県大津市坂本学区自治連合会に譲られ、坂本地区のシンボルとして飾られる
ことになった。十一月にはJR比叡山坂本駅前に登場、玄関口で地区を見守っていく。
破鐘は、延暦寺の直轄寺院である坂本市坂本六丁目の生源寺に保管されてきた。高さ約一・二メートル、直径約〇・六メートルで、ひび割れのすじが入っている。
織田信長の軍勢が延暦寺焼き討ちのため坂本を襲撃した際、地元の村人が危急を知らせようと強く鳴らし過ぎてひびが入ったと伝わるが、最近では、この鐘のひびの由来を知る人も少なくなっていたという。その様な背景もあって、坂本学区自治連合会から延暦寺へ譲渡の申し入れ、快諾されたらしい。
今後は、比叡山坂本駅前の「石積みの郷公園」に破鐘を吊して大切に保管してゆくことになっている。同連合会では「坂本地区のシンボルとして破鐘を積極的にアピールしていきたい」としている。
◆除夜の鐘
として鳴らす!
年末にはこの由緒ある破鐘を除夜の鐘として打つという催しも行われている。
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