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安土山の城域内からはいくつもの金箔瓦が出土している。左のものは搦手道脇からみつかったもの。 |
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出来る金箔瓦。 <戻る> |
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六角形の亀の甲羅の模様と足の爪が明確に残されている。出火から建物を守るために水に関わる波や水桃などを瓦の隅に上げる習慣があるが、その一例の可能性もある。 |
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蝙蝠(こうもり)の耳と目のあたりと思われる造形。胴体部はまだ見つかっていないので、これが蝙蝠だと断定はできないようであるが、どのような場所に使われたのか興味深い出土物である。 <戻る> |
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元来、瓦に使用される紋様は古くから寺院で使われてきた唐草紋(からくさもん)や蓮華紋(れんげもん)の伝統的な紋様でしたが、織田信長は新しい試みとして家紋を瓦に用いました。
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桐紋 ・ 菊紋 |
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桐紋と菊紋は、本来は天皇家の紋章だが、後醍醐天皇の時に鎌倉幕府を倒した功績によって足利尊氏に下賜されている。 また、『信長公記』によれば、永禄11年(1568)に信長はその尊氏の開いた室町幕府第十五代将軍である足利義昭から桐紋を拝領しており、信長自身による使用も可能となった。菊紋についても同時期に下賜されたかは定かではない。 安土城には天皇を迎えるために造られたと思われる建造物の存在が確認されており、その建物に使用される目的で造られた瓦であるのか、信長自身のためのものであるのか判断はつかない。 |
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より出土) |
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仙石氏により寛永3年(1626)からの工事で復興された上田城の隅櫓〔すみやぐら〕に使われていた鬼瓦。 |
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天目茶碗 |
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安土城の発掘調査でも、城内で盛んに茶の湯が行われていたことをうかがわせるように、瀬戸・美濃焼の天目茶碗、茶入れ、建水(けんすい=湯水を捨てる器)や茶臼などが発見されています。 左のものは、伝羽柴秀吉邸跡と呼ばれる曲輪から出土したものです。 |
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