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    扇・屏風絵・掛け軸・絵画  (list-24  

美術品

解説文

長篠合戦図屏風

成瀬家 所蔵

 有名な「長篠合戦図屏風」であるが、構図的にはこの成瀬家(岐阜県犬山市)蔵のものと、すぐ下の名古屋市博物館蔵のものとに分かれる。

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長篠合戦図屏風

名古屋市博物館

 この「名古屋市博物館本」は制作時期が最も古く、構図も独特で他のどの長篠合戦図屏風とも異なるが、半双失われてしまっている。失われた半双には他の屏風と同様に長篠城や武田軍が配置されていたと考えられている。

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長篠合戦図屏風

徳川美術館

 1番の「長篠合戦図屏風」を元絵とするものの一つで、
六曲一隻のもの。

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長篠合戦図屏風

徳川美術館

 これも1番の「長篠合戦図屏風」を元絵とするものの一つであるが、こちらは八曲一隻のもの。

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長篠合戦図屏風

大阪城天守閣

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長篠合戦図屏風

大分奥平神社

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長篠合戦図屏風

滋賀県個人

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長篠合戦図屏風

平戸松浦資料博物館

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小牧・長久手
合戦図屏風

成瀬家 蔵

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10
旧清洲城
障壁画

総見寺(名古屋) 蔵

 信長が本能寺で横死した後、次男信雄が伊勢大島村(三重県長島町)の安国寺を清洲に移し、名古屋築城のおり(慶長16年=1611年)、現在の地(名古屋市中区大須)に移に移された景陽山 総見寺には、この「旧清洲城障壁画」だけでなく、「織田信長公画像」や「南蛮金入織物紙入」など、信長ゆかりの物が多く残されている。

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11
縦笛
のかぜ

貞松院(***) 蔵

 
       
左「松風」 右「のかぜ」

一節切(ひとよぎり) 竹製の縦笛。一節切の呼称は竹管の節が一つであることに由来するらしい。一節切尺八ともいうが現在の尺八に比べ長さも短く、管の径も細く、歌口の形状も少し異なる。起源は中国の洞簫や韓国の短簫であるといわれており、確かにこれらの楽器との共通点が見られるが詳らかではない。一節切は室町時代に始まり、江戸時代の元禄頃(16世紀〜17世紀)にかけて流行したようであるが、それ以降は途絶え文化文政年間神谷潤亭という人が熱心に再興の為尽力したが以後は演奏されることがなく絶滅した。一節切は尺八に大きな影響を与え、その音楽が引き継がれていったが、結局尺八によって滅ぼされてしまったといえる。

 「のかぜ」は、織田信長愛用の品で、信長から秀吉、家康と譲られ、家康の死の直前に息子の六男忠輝への形見の品として与えられたものと伝えられる。
 一方「松風」は「のかぜ」をもとに作られたと考えられ、葵の紋からして徳川家縁の一節切と思われ、松平忠輝公の遺品の一節切として貞松院に伝えられた。「のかぜ」の同部には織田木瓜紋がみられる。


 左「松風」        右「のかぜ」
 徳川葵紋         織田木瓜紋

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