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信長という名のりについては、少々面白い言い伝えがある。
吉法師が十三歳で元服した時、父の信秀は、その頃、尾張に招待していた妙心寺派の禅僧澤彦宗恩に依頼して、その名を選ばせた。
澤彦は、「信長」の二字を選定した。すると信秀が言うには、「信長の二字は、半切で桑となる。桑は蚕に喰われるが、どんなものか。」と。澤彦は、「いや、そんなことはありませぬ。桑の古字は「■*1」であって、四十八となる。四十八という数は、昔から縁起がよいし、日本の国名もまた、扶桑と言うているから、将来は天下を御手に入れる名前でありまする。」と答えた。そこで、信秀も大変喜んだという。
*1
十
十 十
木 |
「桑」の字の略字は「又」を「十」にして書く。
すると左のような字となる。第二水準にも登録されていない文字なので組み合わせて書く。文字の作りである「木」は「十」と「八」の組み合わせたものなので、上に「十」が三つ、下にも「十」がひとつと「八」がひとつあることになり、あわせて四十八となるのである。 |
出典:文芸春秋社『信長の手紙』著/桑田忠親
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