信長の居城

− その特徴と変遷 −

城 名
使用時代
<信長年齢>
築 城
<奪 取>
完 成
<使用開始>
所 在

備 考

勝幡城

1534 〜 1542
<1〜9歳>

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愛知県名古屋市
信長はこの城で生まれたとされる。築城は祖父の信定か。

那古野城
1542 〜 1555
<9〜22歳>
--- <天文11年(1542)> 愛知県名古屋市
元は今川那古野氏の居城であったが、父信秀が天文七年(1538)に奪取し、その後天文11年に信長に那古野城を譲り、信秀は古渡城へ移転する。この時点で初めて信長は城主となる。

清洲城
1555 〜 1563
<22歳〜30歳>
<1555> <1555> 愛知県清洲町
元は尾張守護である斯波氏や守護代である清洲織田氏の居城とされてきた城であるが、信長が叔父である織田信光と共同してこの城を奪取。尾張平定の中心となる。

小牧山城
1563 〜 1567
<30〜34歳>
愛知県小牧市
信長が初めて自らが計画して築城した居城。これまでの勝幡、那古野、清洲は何れも父信秀より継承したか奪取し利用した城であったが、この小牧山城は次なる岐阜を手に入れるという明確な目的をもって移転した城である。

岐阜城
1567 〜 1576
<34〜43歳>

岐阜県

美濃土岐氏の居城であったが、それを斎藤氏(道三)が奪取、その後は息子の斎藤義龍、孫の龍興の居城であった。信長は七年がかりで美濃攻めを成功させ、この稲葉山城を奪取する。美濃を岐阜と改名し、それに伴って城も岐阜城となった。その後、信長は、大幅な増改築をしている。

二条城
(二条御新造)
1575 〜 1579
<42〜46歳>
天正*年*月 天正*年*月 京都府
現存している二条城は徳川氏築城のもの。信長が京の宿城として用意したもので、第十五代将軍足利義昭のために築いたものとは別。この二条御新造は、元関白二条家の屋敷跡地に建てたもの。天正七年に正親町天皇に献上し、誠仁親王の屋敷となった。

安土城
1576 〜 1582
<43〜49歳>
天正4年*月 天正7年*月 滋賀県蒲生郡安土町
信長の城の代名詞ともなり、後の城郭に多大な影響を及ぼすことになる天主、そして高石垣というものを創作し、全山総石垣、瓦葺き建築の城郭を初めて構築した城。近代城郭の祖ともいうべき城であり、信長を語るにも、近代城郭を語る上でもこの城を外すことのできないエポックとなる城である。

色による選別

**城
 ……… 父の居城

**城
 ……… 父より継承した城

**城
 ……… 奪取した城

**城
 ……… 奪取した後に改築をした城

**城
 ……… 自ら築城した城