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 Dousan kyuuen

美濃攻略戦

 道三救援


斎藤道三救援  −−

主要データ

時   期
 弘治二年(1556)4月20日    信長23歳の年。

信長方兵力
 不明(参戦武将/織田信長)

敵 対 勢 力
 斎藤義龍(*1)

敵 兵 力
 不明

合 戦 場 所
 美濃国および河原(*2)

勝   敗
 不明


まとめ

 美濃では斎藤道三とその息子の義龍が対立して国を二分する戦いが発生した。隠居したとはいえ、強いカリスマ性をもった道三との同盟関係によって尾張国内の安定を急ぐ信長にとっては、強力な後ろ盾である道三の救援をする形の出兵である。
 4月18日、木曽川を渡って美濃大浦に陣を張るが、20日の長良川の戦いで道三は討ち死にしてしまう。勢いに乗って義龍は信長のいる大浦まで軍勢を進め、および河原で信長軍と合戦になるが、道三の死を知った信長は軍を撤退させる。勝敗のつかぬまま、信長自身が殿を引き受けて全軍が引き上げた。

用語解説

解 説 文
*1
 斎藤義龍
 
(さいとう・よしたつ)
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*2  美濃国および河原
 
(みのこく・およびかわら)
 斎藤道三と息子の義龍が対立し激突したのは美濃国内長良川であるが、信長は木曽川を渡岸して美濃大浦に陣を張った。その後、信長軍と義龍軍が小競り合いとなったのは、および河原と呼ばれる地域で、現在の岐阜羽島市あたりだと思われる。(戻る↑

参考文献 


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