鉄 甲 船
ここでは信長が毛利水軍を破ったことで有名となっている鉄甲船を扱います。
この船は、装甲に鉄を使用した世界初の鉄船だったといいます。戦国の世に於いて「世界初」という記録的なことをやり遂げる信長の発想は常に新しいことへ向けられていたかのようですが、実はこの鉄の船が世に生まれ出るにはそれなりの経緯があります。
経 緯 信長は、石山本願寺との抗争の中で、当初力攻めにて多大な被害を受けたことから、それ以降は圧倒的な兵力軍備力の差を持って包囲戦を展開していきます。要するに本願寺を孤立蘢城させ兵糧攻めにしたわけです。ところが本願寺に食料を運び込む助けが現れます。毛利です。
この本願寺のある石山という地は、海運盛んな港として機能しており、河川や水路をすべて封鎖しなければなりません。織田の軍も沢山の船を集め封鎖に努めますが、瀬戸内での海戦に馴れた海賊衆を自在に操る毛利の船戦には信長の用意した船は無力でした。こうして第一回目の木津川口の戦いは毛利水軍の圧勝に終わります。
毛利水軍の船戦の優勢の裏付けには、海賊衆という船を扱う専門の集団であったということに加えて、火矢や焙烙(ほうろく)といった、今で言うところの火炎弾のような武器による火攻めがありました。火薬や油の入った入れ物を敵船めがけて投げつけ、その船もろとも焼いてしまうという戦術です。
信長がこの毛利水軍から船を焼かれずに海戦に勝利するために考え出されたのが、「燃えない船」の建造でした。
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