第3研究室【組 織】
長く戦乱の続いた戦国の世をついに一つにまとめる動きが現れた。そしてそれは権威というシンボリックなだけのものではなく、実力による統治を伴う真の統一を目指すものだった。それまで幾多の勢力が立ち上がっては倒れ、志なかばで消えていった戦国日本の統一。これを実際に実現したのは後に太閤となった豊臣秀吉その人である。しかし、秀吉が成し得た事業のほぼ八〜九割は織田信長が想像し、そして押し進めたと言っても過言ではないだろう。それまでの日本各地の勢力が時代の流れの中で抱えていた様々な問題に対し、信長は他にない新たなシステムを次々に採用し、それまでに例を見ないような組織を作り上げることで対応していった。信長もまた志なかばで倒れたため、彼が構想した組織の最終形をみることは叶わなかった。ここでは、信長が目指した組織について注目して研究をしてみたい。 信長が生きた時代を大きく分けるとすれば、生まれながらの居住地である尾張の中で父の庇護下にあった信秀の時代、そして信秀死後その家督を継承し同族間での抗争に勝ち残り尾張を統一するまでの尾張統一期、隣国美濃や伊勢を平定し一大戦国大名となった美濃併合時代、そして上洛を果たし室町将軍を傀儡化しながらも独自の組織を構成させ、安土城を築き拠点とした近江(安土)時代になるであろう。 そして、それ以降破竹の勢いで各国を切り従えてそれぞれの旧勢力を自軍の配下へと組み込んでいった訳であるが、この組み込まれた勢力を「属将」として、それまでの家臣団とは一線を引いて分類してみた。
家臣団
属 将