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| 第2研究室【系譜】 | 出自 | / |
系図 |
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織田信長の家系を調べるにあたり、信長の嫡系は信長の孫にあたる三法師信秀の死により途絶えてしまったが、運良く二男信雄や信長の弟長益(有楽斎)の家系が僅かに残った。そのお陰によって尾張織田氏の系図(家譜)というは、これまで知られる限りでは、羽前天童(山形県天童市)、大和柳本(奈良県天理市・大和芝村)、丹波柏原(兵庫県氷上郡柏原町)に残った信長の末裔の四家に伝えられた4本が確認されている。
またこの他に、江戸期に徳川幕府によって編纂された『寛永諸家系図伝』や『寛政重修諸家譜』をはじめ『諸家系図纂』のうちに2本、『続群書類従』『系図纂要』『総見記』に各1本づつが収められている。しかしその内容は、いずれの系図も異なる部分を多く含み、確定するには至らない。
この第2研究室では、現在までに確認できうる限りの系図を集めて紹介し、解説を加えたいと思う。
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織田氏系図 | 羽前天童織田家伝 | 山形県天童市 | 天童藩は信長の二男信雄(常真)が祖。 |
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織田氏系図 | 大和柳本織田家伝 | 奈良県天理市 | 柳本藩は信長の弟長益(有楽)の五子尚長が祖。 |
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織田氏系図 | 大和柳本織田家伝 | 大和芝村 | 芝村藩は信長の弟長益(有楽)を祖とする。 |
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織田氏系図 | 丹波柏原織田家伝 | 兵庫県 氷上郡柏原町 |
柏原藩の初代藩主は、信長の弟である信包でした。その後、信則、信勝と続きますが、世継ぎがなく慶安3年からは、お家断絶となって一時天領になりましたが、今度は信長直系の信雄の五男信友(高長)が、はじめ大和宇陀郡松山を与えられ、元禄八年(一六九五)に丹波に移封された。代々信長の次男の家から藩主を出した。 |
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織田氏系図 | 『寛永諸家系図伝』内収録 | ||
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織田氏系図 | 『寛政重修諸家譜』内収録 | ||
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織田氏系図 | 『続群書類従』内収録 | ||
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織田氏系図 | 『系図纂要』内収録 | ||
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織田氏系図 | 『総見記』内収録 |
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