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| 「影武者」 |
(黒澤 明 監督作品) 1980年 東宝株式会社 |
| 織田信長肖像 |
長興寺蔵(愛知県豊田市長興寺1−29) |
| 武田勝頼肖像 |
持明院蔵(和歌山県伊都郡高野町高野山455) |
| 「信長公記」 |
信長の家臣・太田牛一が日記に基づいて記録した織田信長の軍記。信長の一代記としては最も信頼性が高いとされる。 |
| 設楽原の様子を表した古地図 |
竹広公民館(愛知県新城市)保管。古地図の年代は江戸末期。郷土史家の夏目利美さんが地元に残る検地帳と照合した結果、戦国時代の土地の状況そのままだという。 |
| 設楽原(したらがはら) |
愛知県新城市内。JR飯田線・三河東郷駅下車、徒歩10分。現地には、長篠合戦を紹介した新城市設楽原歴史資料館、復元した馬防柵などがある。
新城市設楽原歴史資料館(新城市竹広字信玄原552) |
「改正三河後風土記」
(かいせいみかわごふどき) |
江戸時代の史料。合戦前後の天候を記す史料としては比較的古いもの。 |
| 雨中での鉄砲実験指導 |
澤田 平さん(堺鉄砲研究会代表) |
| 泥田での三段撃ち実験 |
協力:設楽原鉄砲隊、指導:所荘吉さん(銃砲史学会理事長)
実験場所:設楽原の馬防柵前の水田 |
| 「信長公記」の記述 |
「御身方一人も破損せざる候様に御賢意を加へらる」 |
| 長篠合戦に参加した豪族の子孫 |
阿部重幸さん(愛知県南設楽郡鳳来町在住) |
「三州長篠合戦記」
(さんしゅうながしのかっせんき) |
成立年代未定。
信長の陣城に関する記述が最も詳しい史料。 |
| 「長篠合戦図屏風」 |
よく知られたものは徳川美術館蔵(豊島区目白3−8−1)
陣城の様子を伺わせるものは名古屋市博物館蔵。
名古屋市博物館蔵の屏風は、慶長から元治年間に描かれたと考証されている。 名古屋市博物館(名古屋市瑞穂区瑞穂通1−27−1) |
陣城の跡が残る山
設楽原の織田軍陣地 |
弾正山の北部の山 |
| 陣城跡発見者 |
池田誠さん。中世城郭研究家。30年間に及ぶフィールドワークで、全国の山城跡を調査。主な発表媒体は毎年発行される論文集「中世城郭研究」。長篠合戦の陣城に関する研究論文は、1992年度の当該雑誌に所収。 |
| 陣城跡の復元 考証 |
池田誠さん。現地調査された池田さんが作成した縄張図面に基づいて作成。 |
| 長篠城址 |
長篠城址史跡保存館(愛知県南設楽郡鳳来町長篠字市場22) |
| 長篠城発掘跡 |
発掘は2000年2月。近く埋め戻される予定。
発掘担当者:七原恵史(よしふみ)さん(日本考古学協会員) |
| 武田勝頼の書状 |
三浦右馬助宛(「新編甲州古文書」)
東京大学史料編纂所蔵(文京区本郷7−3−1) |
| 豪雨の中での視界実験 |
京都大学防災研究所宇治川水理実験所(京都市伏見区横大路下三栖東ノ口) 監修:今本博健さん(京都大学防災研究所教授) |
| 合戦の再現に際して依拠した史料 |
「信長公記」(国立国会図書館蔵) |
| 合戦当日の信長の書状 |
長岡藤孝宛(細川家文書)。永青文庫蔵(文京区目白台1−1−1) |
| 武田勝頼書状 |
(天正3年8月10日付) 岡修理亮宛。『真田家文書』(長野市)所収。 真田宝物館蔵(長野県松代町松代殿町4−1) |
| 信玄塚 |
信玄台地上、新城市設楽原歴史資料館のすぐ近くにある |
| 火踊り(ひおんどり) |
毎年お盆に信玄塚前で執り行われる祭 |