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各章題名 |
頁 |
内 容 |
| 桶狭間の章 |
P.1〜26 |
永禄三年、今川義元率いる四万五千の兵が織田の最前線丸根・鷲津の両砦を落とし、その勢いに乗って信長の居城・清洲を目指していた。一方、信長はいらだつ重臣をよそに軍議も開かず帰蝶の膝枕で横になっている。しかしその奥座敷では、本当の信長が策を練っていた。正室帰蝶の相手をしていたのは影武者だったのだ。すると、諜報の簗田政綱の急報が入り敵の本陣の位置を確認するやいなや城内に潜入した今川方から潜入していた間者を始末し、田楽桶狭間の義元本陣へ馬をとばす信長。信長、27才の春であった。 |
| 新式種子島の章 |
P.27〜50 |
弘治元年、美濃国・長良川河畔で対峙する斎藤家の父子、道三と義龍。父道三救援の約束を守るよう迫る帰蝶をよそに信長は人を待っていた。そこへ到着したのは新式の種子島を持参した南蛮商人。従来の種子島の飛距離二倍、命中率三倍という言葉を確かめるため、南蛮人を引き連れ馬を駆り合戦真っ直中の長良川河畔へ。甲冑武者を試撃ちしその価値を確認。すぐさま帰還し改良点を指示して五百挺を注文する。 |
| 策謀の章 |
P.51〜74 |
弘治ニ年(1556年)道三と義龍、最後の戦、援軍に出向くが叶わず。道三の首は政秀の一族が討った。1547年、政秀が道三に合い濃姫との婚儀を決めてきたのを思い出す信長。 |
| 藤吉郎の章 |
P.75〜98 |
弘治三年(1557年)元旦。稲葉山を攻めるため戸沼城を落すことに、乱破の藤吉郎の手柄により一日で開城に。 |
| 謀殺の章 |
P.99〜126 |
弘治三年(1557年)、重病の床にある信長の見舞に出向いて来た信行を謀殺する信長。 |
| 将軍謁見の章 |
P.127〜156 |
永禄二年(1559年)、堺を訪れた信長は三十匁の種子島を所望するが渋る堺衆。天下の名器により今井宗久より譲り受ける。黒人と相撲を取る信長。 |
| 堺・納屋衆の章 |
P.157〜180 |
永禄二年(1559年)、堺を訪れた信長は三十匁の種子島を所望するが渋る堺衆。天下の名器により今井宗久より譲り受ける。黒人と相撲を取る信長。 |
| 歯黒首の章 |
P.181〜204 |
1回目の続き。永禄三年(1560年)、田楽桶狭間で義元の首を上げた信長の元へ松平元康の使いが。元康の願いにより義元の首を返した信長。 |