1研究室

1-1

信長学概論研究室

目次1


目次1

 ●信長研究に於ける基礎的なジャンル分け(分類1) <基礎研究室の設置>  

   

 ★信長研究に於ける基礎的なジャンル分け

 織田信長を研究する上で最も基本的な区分を以下のように分類し、更に必要に応じて細分化し、
それぞれの項目に於いて基礎的な事柄を確認するための基礎研究室を研究所内に設置することに
する。変更するべき場合には、その都度検討し実行する。(1999/9/9)

   

   
・研究概論 

━━━━━

信長学概論
(第1-1研究室)
・系  譜 

━━┳━━

出 自
(第2-1研究室)

  ┗━━

一 族
(第2-2研究室)
組  織 

━━┳━━

家臣団
(第3-1研究室)

  ┗━━

属 将
(第3-2研究室)
軍  事 

━━┳━━

戦術・戦略
(第4-1研究室)

  ┣━━

個別合戦
(第4-2研究室)

  ┗━━

城 郭
(第4-3研究室)
政  策 

┣━━

内 政

━━┳━━
 経済一般 (第5-1-1研究室)

┃  

  ┗━━
 土木建築 (第5-1-2研究室)

┗━━

外 交

━━┳━━
 朝廷対策 (第5-2-1研究室)

  ┣━━
 幕府対策 (第5-2-2研究室)

  ┗━━
 宗教対策 (第5-2-3研究室)
・年  譜 

━━┳━━

信長詳細年表
(第6-1研究室)

  ┗━━

項目別年表
(第6-2研究室)
・遺  物 

━━┳━━

逸 話
(第7-1研究室)

  ┣━━

遺 品
(第7-2研究室)

  ┗━━

遺 跡
(第7-3研究室)
・文  化 

━━━━━

趣 味
(第8研究室)
・ライバル 

━━━━━

敵対勢力
(第9研究室)
  

    

 ★発給文書の内容解釈についての研究室は?

(1999/10/3)
  →資料室に保管される発給文書の内容解釈等について研究する場はどこにすべきだろうか?
  →資料室はあくまでも資料類のリストを保管することを主としているので、研究については、
    文書の内容によって、その都度どの研究室を利用するべきかを決定すればよいのではないか。
    どの文書をどの研究室で引用しても良いと思う。(後に
1999/10/10の決定事項↓
   
  →では、文書自体の成立年代についての検討をする場合はどうするべきか?
  →文書の記述内容の時期の検証ということになるので、年譜の研究室(
第6)でよいのでは
    ないだろうか。その年ごとの事績検討と考えて項目を設定し、その検討結果を各年の詳細
    年表に反映するべきだと思う。

対応:一応、年譜の研究室(第6研究室)の整備が整うまでは単独のページを確保して、
   資料室の各文書リストからリンクを張ることにする。第6研究室内の整備ができ次第、
   そちらに文書や資料の成立年代を検討する場を確保し移動することとする。資料室の
   発給文書自体からのリンクはそのまま残すことにする。(1999/10/3)
 
   
年譜の研究室(第6研究室)の整備が整うまで単独のページを確保する予定だった
    各文書は新設の第10研究室(文書解読)へ集積することにした。そのうえで、年
    譜研究室の各年代項目として文書の内容を反映し、リンクを張ることにする。
     
(1999/10/10)


第10研究室の設置(1999/10/10)
  →資料室の役割は、資料となる文書自体の存在を明かにし、それらのリストを整理
    して保管することにあるのだから、内容解釈を検討する場(翻刻したり、訓み下
    したり、更には口語訳などをつけていく作業)は、文書の読解という立派な研究
    作業になるので、独立した研究室があってもよいのではないだろうか?
  →確かにその通りだ。10番目の基礎研究室として「文書解読」研究室を設定する。
    そこでは、個々の文書の内容を読解し保管する。その内容を踏まえて、更に他の
    研究室で二次利用できるようにしたい。よって、基礎研究室の構成は以下のよう
    に変更となる。(
文字部が追加)

   
・研究概論 

━━━━━

信長学概論
(第1-1研究室)
・系  譜 

━━┳━━

出 自
(第2-1研究室)

  ┗━━

一 族
(第2-2研究室)
組  織 

━━┳━━

家臣団
(第3-1研究室)

  ┗━━

属 将
(第3-2研究室)
軍  事 

━━┳━━

戦術・戦略
(第4-1研究室)

  ┣━━

個別合戦
(第4-2研究室)

  ┗━━

城 郭
(第4-3研究室)
政  策 

┣━━

内 政

━━┳━━
 経済一般 (第5-1-1研究室)

┃  

  ┗━━
 土木建築 (第5-1-2研究室)

┗━━

外 交

━━┳━━
 朝廷対策 (第5-2-1研究室)

  ┣━━
 幕府対策 (第5-2-2研究室)

  ┗━━
 宗教対策 (第5-2-3研究室)
・年  譜 

━━┳━━

信長詳細年表
(第6-1研究室)

  ┗━━

項目別年表
(第6-2研究室)
・遺  物 

━━┳━━

逸 話
(第7-1研究室)

  ┣━━

遺 品
(第7-2研究室)

  ┗━━

遺 跡
(第7-3研究室)
・文  化 

━━━━━

趣 味
(第8研究室)
・ライバル 

━━━━━

敵対勢力
(第9研究室)
・文書解読

━━┳━━

発給文書
(第10-1研究室)

  ┗━━

史 料
(第10-2研究室)


  

 ★Lobo-10(文書解読)の「発給文書」内、「関連文書」に追加枠を!

(2000/ 1/ 6)
  →新設されたLabo-10(文書解読)の「発給文書」内、「関連文書」の内訳には父信秀や
    祖父信定などの文書を参考文書として納める場所が用意されていないがどうするのか?
  →確かに現在のLabo-10の構成は以下の通りであり、親族等の枠はない。
    別枠を設定する構想をもっていたのにいつのまにか洩れてしまったようだ。

 

発給文書

信長文書
 ┏━━
  ┏━━ ━┫      

第10研究室
 
(Labo-10)
  ┃  ┗━━

関連文書
 ┏━━  信長麾下部将
  ┃ ━╋━━  属  将
━━┫  ┣━━  他国戦国武将
  ┃  ┗━━  天皇・公家
  ┃

史 料

信長公記
  ┃  ┏━━
  ┗━━ ━┫
 ┗━━

晴 右 記

→ 対応下図の赤字部分を追加することにする。(2000/1/6)

 

発給文書

信長文書
 ┏━━
  ┏━━ ━┫  ┏━━  親族武将

第10研究室
 
(Labo-10)
  ┃  ┗━━

関連文書
 ┣━━  信長麾下部将
  ┃ ━╋━━  属  将
━━┫  ┣━━  他国戦国武将
  ┃  ┗━━  天皇・公家
  ┃

史 料

信長公記
  ┃  ┏━━
  ┗━━ ━┫
 ┗━━

晴 右 記

   

 ★Lobo-5(政策「外交」)とLobo-9(ライバル)との使い分けは?(2000/2/9)

 第5研究室(政策)の中の[外交]と第9研究室(ライバル)の内容が酷似していることが指摘される。
どのように使い分けたら良いのかを考えるべきではないだろうか?場合によっては統廃合の必要があるかも
知れない。まず現状の研究室内部構成図を比較してみよう。

Lobo-5(政策「外交」)

外 交

朝廷対策
 天皇、公家など朝廷に対する様々なかけひき。

幕府対策
 室町幕府(足利義昭)とのかけひき。 

宗教対策
 知行安堵や敵対焼き討ちなどの裏側にみえるもの。

他国大名対策
 隣接する他国の戦国大名とのやりとり。

Lobo-9(ライバル)

戦国大名
 

今川氏 
  駿河・遠江・三河の東海一の弓取り今川義元率い
 る今川家は足利家の血筋をひく名家でもある。

斎藤氏
  義父道三の死によって敵対関係となった美濃の
 義竜、そして息子の龍興との戦いは七年に及んだ。

佐々木六角氏
 上洛途上にある南近江の六角氏。

淺井氏
 北近江を治める淺井氏、朝倉氏との関係から
 織田との同盟を破棄し敵対関係に。

朝倉氏
 斯波氏麾下にあった頃よりの宿敵との見方もある。
 越前の朝倉。

武田氏
 信長が最も恐れたと言われている武田信玄。最後
 まで直接対決はなかったが、勝頼の時代に滅亡へ。

上杉氏
 軍神とまで言われた豪将上杉謙信。

宗教勢力
 

一向宗

 

比叡山延暦寺

 

高野山

 

朝 廷

 

 こうみてみると、確かにlabo-9(ライバル)で個別の戦国大名名がリストにされていることを除けば
 ほとんど酷似した内容になっている。(^◇^;)

→対応第9研究室(ライバル)では周辺の敵対した諸勢力を個別に紹介することに限定し、
    第5研究室(政策)の中の[外交]では、それらの諸勢力と信長がどのように関わりを
    もったか
についてを研究することにしたい。

 

 ★信長研究の下地となる基礎的な部分について

 織田信長を研究する以前の問題として、まず「戦国時代」という背景を考えざるを得ない訳で、
この部分にまったく触れないことはできない。基本中の基本、初歩の初歩たる部分を確認する場所
を設定すべきであろう。

→対応戦国時代基礎研究室として、この第一研究室内に設定したい。(2001/1/31)

・研究概論━┳━信長学概論  (第1-1研究室)
      ┗━戦国時代基礎 (第1-2研究室)

 

 ★織田信長自身のイメージ等に関する研究について(2001/ 4/ 5)


織田信長の成した業績などについては細かく研究室を分類したが、信長があたかも我が国の歴史上
  突出した残虐者であるかのようなイメージというのがあるが、このような部分を明確にしておかね
  ばなるまい。その為には、信長自身のイメージを扱う研究室が必要となる。

→対応このlabo-1(信長学概論)で扱うことにする。(

 
 

 政策研究室の分科研究室の追加ついて(2002/ 2/ 12)


織田信長の成した政策については、これまでは「内政」と「外交」とに二分してきた。
  しかし、信長が一国の戦国大名ではなく、幕府や朝廷に代わる新たな権威として他国同士の調停役
  や日本全体をどのように見ていたのかという天下観などについて考えていく研究室が必要ではない
  だろうか。

→対応labo-5(政策研究室)内に「総合政策研究室」を新設する。(

  

 政策研究室(lab-5)の分科研究室の追加ついて(2002/ 10/ 9)


これまで「内政」政策研究室では「経済一般」「土木建築」「法制」の三つに分類していた。
  しかし、当時としては重要な産業であったはずの「農業」についての内政統治に関する分科会研究
  室がないことに今更ながらに気が付いたので、慌てて増設だけはしておきたい。

→対応labo-5(政策研究室)「内政」研修室に「農政研究室」を新設する。(

 

 
年譜研究室(lab-6)の分科研究室の追加ついて(2004/ 3/ 9)


これまで「年譜(lab-6)」年譜研究室では「詳細年表」と「項目別年表」の二つに分類していた。
  そして、信長の生きた四十九年間のおおまかな事柄をまとめた概略年表は「
項目別年表」に分類
  されていたが、今回この項目をlab-6のトップへ独立させることとした。

→対応labo-6(年譜研究室)は「概略年表(6-1)」を新設し、これまであった「詳細年表」
    と「
項目別年表」をそれぞれ「詳細年表(6-2)」、「項目別年表(6-3)」に配置換えす
    ることにした。(

 




 ●分類2         <発展研究室の設置>  

   

発展研究室の設置

基礎研究室では分類しきれないような細かな部分や、幾つかの研究室にまたがるような
内容を個別のテーマとして取り上げ、集中的に調査研究をするために発展研究室を研究
所内に設置する。

・『信長公記』輪読会   (第11研究室)
・『本能寺の変』探求委員会
(第12研究室)
・安土城天主論争を考える会
(第13研究室)

 『信長公記』輪読会の存在(1999/10/18)
   第10研究室(文書解読)が新設されたことで「『信長公記』輪読会」(第11研究室)の
     在るべき場所はどこになるだろうか?
   →史料としての『信長公記』を解読していくという作業は、確かに第10研究室こそが
     妥当な場所と言える。しかし、研究室自体がまだopenできない状態にある現況で
     は、暫くの間このまま先送りにすることにしたい。(10/18時点での
先送り案件1

 
『信長公記』輪読会は、そのまま10研究室(Labo-10)へ移動。(1999/11/1)
 そして、第一級史料として認められる太田牛一の『信長公記』は異本が多いことでも知られている。そこで第11研究室は、各所へ伝搬されたこの『信長公記』系の史料を系統立てて分類等する研究室に変更する。

・『信長公記』の系統を分類する(第11研究室)
・『本能寺の変』探求委員会  
(第12研究室)
・安土城天主論争を考える会  
(第13研究室)

 

→『信長公記』の輪読作業は、10研究室(Labo-10)で行うのではなく、別の場所で行い、
  その結果を第10研究室(Labo-10)へフィードバックする方式にしてはどうだろうか?
  研究室自体には多くの人が書き込んで意見を述べるという方法が実質持てない。公開する
  場ではあっても、各ページに誰もが書き込みできる仕組みにするのは問題がある。
  研究員参加型の掲示板的な場所を確保した方が良いのではないだろうか。

→いわゆる「掲示板」となると、資料の輪読という極限られたとても地味な作業をするに
  当たっては、参加自体があまりにも自由過ぎてしまうために、輪読作業とは異なる方向、、
  例えば質問やif話、最悪の場合は悪質な落書きといったことも考えなければならいと
  思われる。これらを防止する方策も講じなければならないでしょう。かと言って、パス
  ワード入力によって隔離した環境下での輪読では面白みも解放されているというスタイ
  ルにもならない。もう少し考えて見ましょう。
(1999/11/16)

 
会議室を設置する

 『信長公記』の輪読作業を、まず研究室とは別の場所で行い、ある程度まとまった状態になってから、その結果を第10研究室(Labo-10)へフィードバックするという方式の採用に関しては何ら問題はない。問題は、自由参加の掲示板的な場所を使用してしまうことによって発生すると考えられる諸問題(質問やif話、落書きなど)をどうするのか?であった。そこで以下のような結論に至った。


資料の輪読という作業を行うという特殊な環境を鑑み、その性格から、完全自由参加は好ましくない。かと言って実態の見えないクローズドな環境(地下組織化?)では求めるものと異なってしまう。

 そこで、メールによる参加申し込みという一段階を設定し、そのメールを受ける会議室責任者(議長)を設け、『会議室』という新たなコンテンツを新設することにした。

会議室そのものは掲示板機能を利用せず、議長に届けられたメールから輪読作業についてのものだけを元にしてページを構成していくというやり方で『信長公記』の内容を解析する作業を展開していくことにする。

展開は掲示板利用より遙かにスローになるが、問題発生は完全に抑えられ、しかも公開性は確保される。議長というポジションの役割が重要になるが、仕方が無いだろう。

 (1999/12/08)  

会議室は研究室から分離して設置。それに伴い、メインメニューを以下のように変更する。

概要とお願い

資 料 室 

会 議 室 

← 新 設

研 究 室 

集 会 室 

リ ン ク 

更新履歴  

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 謝   辞    

 

   



 ●分類3         課外研究室の設置> 

   

課外研究室の設置

一見、信長自身には直接関係のないと思われる項目を扱い、最終的にはその成果を信長研究の
基礎研究室、または発展研究室へフィードバックすることを目的として課外研究室を研究所内
に設置する。

 

 ・浅井長政の真意を探る会         (第21研究室)

 ・武田信玄の西上作戦の謎を解く会     (第22研究室)

    

 研究室の名称について(2000/1/4)


   21番研究室以降を「課外研究室」と名付けたが、課外という言葉のイメージから野外活動
     的な雰囲気
が強く感じられてしまうので、名称について考え直してはどうだろうか?
   →元々ここでいう「
課外」という言葉は、本来信長の研究をする場所である当研究所の姿勢から
     は、メインではないという意味で使っただけであって、それ以外の意味合いはまったくない。
      「課外」は信長以外のことという意味。信長と同時代に生きながらも信長自身ではない人物
     からのアプローチ(つまり他の戦国大名などがおこした代表的な作戦行動や事件等に関連する
     疑問など)を扱うということが伝えたい。最終的には、その成果を
基礎研究室発展研究室
     
フィードバックするのが当研究所の本来の目的。名称にイメージ的な先入観を持たせてしまう
     ものがあるのであれば変更したい。

   →それでは、『戦国疑問(課外)研究室』とでもしたらどうだろう?
   →了解。更に良い名称がみつかるまでは暫定的にそれを使用することにする。
(2000/1/4)

   研究室名称について、戦国の謎研究室というのはどうだろうか?
   →そちらの方が良いかも知れない。
     更に良い名称がみつかるまでは暫定的にそれを使用することにする。
(2000/11/15)

 

    



 現状の把握       <資料の収集と整理> 

     

資料の収集と整理、

 まず、分類されたそれぞれの分野に於ける先行研究等を収集整理して、資料室へ納めた上で、それぞれの研究がどのようなものなのか内容をも整理していく。これにより現在までにどのような研究が成されているのかを把握することが可能になる。
 
 先行研究や様々な資料類を納めた資料室と、その内容を整理検討する研究室になる部署と言える。

   



 問題点の洗い出し     <更なる方向性の模索>

     

再検討

 ここまでの研究成果を振り返り、内容の再検討をして問題点を洗い出し更なる方向性について模索する。そのためにはより多くの研究者の新たなる研究成果や「私見」を交えて練り込んでいく作業が必要になるだろう。それには「集会室」での対話交流が有効的に作用するのではないだろうか。

   

 

 ここで話し合われている内容について、ご意見ご感想などありましたら、
是非とも こちらへ ご連絡戴きたく存じます。          

  


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