第二会議室/『信長公記』の解釈検討をする!
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議長挨拶 / 雷蔵 首巻 2 それでは『信長公記』の輪読解釈検討の第二弾「首巻2(議題番号-002)」を始めたいと思います。
議長役を務めさせて頂きます雷蔵と申します。どうぞ宜しくお願い致します。m(_ _)m
さて、まずは解釈検討をする『信長公記』の本文を下に掲載しました。その解釈の一例(叩き台としてのもの)をそのまた下に示します。本文及び解釈の例文にはそれぞれに対応した行番号を付しました。それを基本材料として、何行目のどの部分の解釈について、こう解釈できるのでは?とか、参加者各自による自由な解釈をして頂き、検討作業を行っていきたいと思います。忌憚のないご意見をお待ちしております。それでは宜しくお願いいたします。
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Date | n行目 | 解釈対象語句 | ||
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鶴千代 | 3/1 | 1 | 八月上旬 | ||
| 「八月上旬」とありますが、小豆坂合戦のあった日時との整合性はどうなっていますか?確か小豆坂合戦のあった年次にはいくつかの論があったように記憶しておりますが、、、。 | ||||||
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雷蔵 | 3/1 | 角川文庫本の脚注によれば、天文十一年(一五四二)八月十日となっています。『史料綜覧(東大史料編纂所編)』にも「天文十一年八月十日、今川義元、三河田原ニ陣シ、尾張織田信秀ヲ攻メントス、信秀、之ヲ三河小豆坂ニ邀ヘ撃チテ破ル」とあります。しかし、『三河物語』では、天文十七年三月に小豆坂合戦があったことになっています。 | ||
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