第二会議室/『信長公記』の解釈検討をする!
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議長挨拶 / 雷蔵 首巻 1 それでは『信長公記』の輪読というか、解釈検討(議題番号-001)を始めたいと思います。
議長役を務めさせて頂きます雷蔵と申します。長いお付き合いになると思いますが、どうぞ宜しくお願い致します。m(_ _)m
さて、まずは解釈検討をする『信長公記』の本文(原文を翻刻したもの)を下に掲載しました。その解釈の一例(叩き台としてのもの)をそのまた下に示します。本文及び解釈の例文にはそれぞれに対応した行番号を付しました。それを基本材料として、何行目のどの部分の解釈について、こう解釈できるのでは?とか、参加者各自による自由な解釈をして頂き、検討作業を行っていきたいと思います。忌憚のないご意見をお待ちしております。それでは宜しくお願いいたします。
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Date | n行目 | 解釈対象語句 | ||
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*** | 2/1 | 1 | 去程に | ||
| 一番最初の語「去程に」の解釈は、本来は前文の内容を受けて更に改めて説き起こす際に用いる接続語として「そうしているうちに」という意味合いではないかと思われるのですが、文頭で発語として用いた場合は、「そもそも」ではなく「さて」となるのではないでしょうか? | ||||||
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雷蔵 | 2/1 | なるほど確かにそうですね。『信長公記』を読んでみますと、このフレーズはどうも太田牛一の常套句のようでして、とても頻繁に使われていますよね。しかも大抵は文頭というか、各項の一番最初の語として使われているみたいです。\(^_^)/他にご意見のある方は居られませんか? | ||
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*** | 2/3 | 4 | 武衛様 | ||
| ここの「武衛様」は尾張國守護職の斯波氏を指しているので間違いないと思うんですが、9行目に「西巌 月巌・今の備後守・舎弟与二郎殿・孫三郎殿・四郎二郎殿・右衛門尉とてこれあり」とあることからも、この記述の年代は信長の父信秀が備後守であった時であることは明白ですよね。で、問題なのはこの時の守護職は誰だったのか!?ということで、、、実は私なりに調べてみたんですが、どうやら「斯波義統」らしいんですよ。だからここには明確に「尾張國守護(武衛)斯波義統」としてはどうでしょうか? | ||||||
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雷蔵 | 2/4 | 確かに『信長公記』(角川文庫)の補注にも斯波義統の名が見られるようですが、良く読むと、「天文二年(1533)七月の武衛は義敦で、その子が治部大輔義統(略)。守護代織田達勝とともに清洲に在住。」とあり、義敦・義統父子が共に清洲城に居たと読めるので、子の斯波義統だけに断定するのは無理があるのではないですかねぇ。(^_^;) | ||
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*** | 2/16 | うぅ〜〜みゅ。 ニュートンプレス社の原本現代訳版をみると、「斯波義統」と断定しているようですし、断定しても良いのでは?・・・。 |
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| 3 | 龍二 |
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御不弁限りなく | ||
| 解釈例文にはこの部分の訳がされていませんが、この「御不弁」とは、いったいどういう意味なんでしょうね?あて字で「不便」という意味に考えて良いのでしょうかね。 | ||||||
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武蔵坊弁当 |
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この御不弁(便)の主語は誰ですかね?備後守信秀だとすると、那古野に堅固な城を作る様に命じたけれども、この場所は不便だったということになるのでしょうか?! | ||
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雷蔵 |
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主語は信長じゃないですか?イメージとしては「あまりに信長が言うことを聞かないので」ってな感じではないでしょうか? | ||
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雷蔵 |
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武井朝庵斎さんの質問4へのお返事(*5-1)にも書いたのですが、天王坊という寺へ修行にいった、というか行かされたんでしょうから、素行があまり好ましくなかったので寺で修行させられたというニュアンスが近いのかなぁ〜と思うのですが如何でしょうか? | ||
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武蔵坊弁当 | 2/13 | 「不弁」の語に「御」を付けて敬意を表しているということは、少なくとも、この語の主語は太田牛一よりも目上ということになるわけですが、単純に考えますと織田信秀を指しているのではないでしょうか。まぁ、目上というだけでは、平手中務も信長も皆、目上には違いないんですが、平手をはじめ他の老臣達は皆呼び捨てになっています。 | ||
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龍二 | 2/15 | 新人物往来社版の問題箇所を確認してみたのですが「御台所賄の事平手中務。御不弁限りなく、…」となっています。平手中務の後に「、」ではなく「。」で文章が終わっています。このまま素直に読めば、不弁で、天王坊へ行ったのは備後守ということにならないでしょうか? | ||
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*** | 2/16 | ニュートンプレスの原本現代訳『信長公記』の解釈では、雷蔵さんが言ってるように「お勝手勘定方の事は平手中務丞に担当させられた。吉法師は思うにまかせぬことが少なくなかったが、毎日天王坊という寺にお上がりになって勉学にはげまれた。」とありますね。 | ||
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*** | */* | うる覚えですが、昔、仲間と輪読会をした際には、確か「那古野では諸事不便があったので、」といった内容だったように記憶しております。つまり皆さんの議論の中では武蔵坊弁当さんの「3-1」のご発言のとおり不便の主語は備後守信秀ということになると思います。 | ||
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雷蔵 | 匿名さん、仲間と輪読会をされていたということは史学部の学生さんですか?(^◇^;) そしてその内容として「那古野では諸事不便があったので、」の不便の主語は備後守信秀と解釈されたとのこと、そうすると、那古野では不便なので熱田の古渡に新城を造って移ったということになるわけですよね。そして那古野城は吉法師に譲ったと。まぁ、居城を移したことの解釈には問題がないと思うのですが、不弁(不便)という言葉のあとに続くのが天王坊の下り(「天王坊と申す寺へ御登山なされ」)であることから、やはり主語は信長じゃないかという思いは強くあります。主語が信秀であるなら、天王坊へ登山(修行に入った)のも信秀になりますよね。これは何ともシックリいかない。天王坊へ修行へ行ったのが信長であるなら、天王坊の下りの前に、「御不弁限りなく、那古野の城吉法師殿へ御譲り候て、熱田の並古渡と云ふ所新城拵、備後守御居城なり。」とするのではと思いますが、どうでしょう?(^◇^;) |
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雷 蔵 | 2/6 | 15 | 天王坊 | ||
| 角川文庫版には「津島市牛頭天王社。現津島神社。」とあるが、那古野城のあった位置から推察するには、現在名古屋市中区にある那古野神社の可能性が高い。津島神社の呼称が「天王社」であるのに比して那古野神社は十二坊のうちの首班を「天王坊」と称していたことがわかっており、有力ではないかと考えられる。また、原文に「寺」とあることから考えても、那古野神社は当時、真言宗亀尾山安養寺の名を持ち、こちらと考えた方が正しいのではないかと思われるが、現在のところその他に極めつけとなるようなものもなく、残念ながら特定することはできない。何れにしてもこの「天王」とは「午頭天王」のことで一般にはスサノオウのミコトとして知られている。京都の祇園社関連の神社などは大抵この天王社と呼ばれている。 | ||||||
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半国下郡四郡、織田大和守下知に随へ、上下川を隔て、清洲の城・・・・・ | ||
| 織田氏は斯波義将の配下にあり、応永五年(1398)頃に、斯波氏が尾張国の守護職も兼任することになったことで、尾張守護代となった織田伊勢守入道常松を中心として在地化していくわけですが、実際に在地した守護代の又代の織田常竹は下津城(稲沢市)を築いて居城とし、在地支配を行っています。応永十二年(1405)には、守護斯波氏の城として清洲城も築かれているようです。実際には在地せずに京にいた筈の守護斯波氏が清洲に城を築いたということですから、京に共していた伊勢守(常松)も一緒に尾張へ拠点を移したのではないでしょうか?そう考えますと、清洲城を拠点とするのは大和守(常竹)系ではなく伊勢守(常松)系の織田氏ということになるような気がします。この辺りは史実との矛盾はないのですかね? | ||||||
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雷蔵 |
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確かに尾張織田氏は織田伊勢守入道常松を中心として在地化していくわけですが、その後、応仁の乱などの争乱に巻き込まれる形で、尾張国の八郡の支配は、上四郡(春日井郡、丹羽郡、葉栗郡、中島郡)と下四郡(愛知郡、海東郡、海西郡、知多郡)に分けて守護代を置くことになっていきます。そして、上四郡守護代として岩倉城を居城とする伊勢守系織田氏(初代に常松)と、清須城を拠点とする下四郡守護代として大和守系織田氏(初代に常竹)に分かれるわけです。しかし守護である斯波氏とともに京にいた伊勢守常松より、実際に又代として尾張に在地した大和守常竹が尾張では有力となっていくようです。そしてこの二大勢力は、最終的には在地で有力であった大和守系が守護斯波氏を奉じて尾張支配の中心勢力となっていったようです。しかし、元を正すなら伊勢守系が織田氏の嫡流ということになると思います。下克上の時代ですし、主家であるはずの伊勢守系を諸家の大和守系織田氏が凌いでしまったということですね。よくある話ですよね。 | ||
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