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付録

 (2) 官位相当表


官位相当表

 ● 官位相当表     
 ● 四部官表      
 ● 国別国司官位相当表 


織田信長を知る上で昔の官職について知っておくことはたいへん有意義なことであり、信長の行った政治的な行動を理解する上でも非常に重要なことだと思います。その為に、ここへ付録として『官位相当表』を用意することにしました。表や内容については、講談社学術文庫 和田英松 著『新訂 官職要解』を参考にさせて頂きました。m(_ _)m


 官位 (kani) とは何か?

  

 官位とは何か?簡単にいえば、「官職」と「位階」を組み合わせた言葉である。では、官職とは何か?位階とは何かとなる。官職とは、定義上は職務の一般的な種類である「官」と担当すべき職務の具体的範囲を示す呼称である「職」との二つということになる。ひらたく言えば、国の機関に於いて働く公務員に割り当てられた職務やその責任によって生ずる地位ということ。従来の官吏制度においては官吏の基本的地位を「官」といい、官に任ぜられた者に特定の職務(職)を付与するものとされていた。しかし、現在ではこの官と職とは区別して観念されることはない。
 また位階とは、地位や身分の序列・等級を表すものであり、地位の高低を示す階級(身分標識)のようなものと言える。

 日本では国政を司る機関として古くから朝廷があり、天皇を頂点としたヒエラルヒーが構築されてきた。その朝廷に仕える官人の地位を天皇を頂点としてピラミッド型に配置し、各職種や役割に応じてその序列や地位を与えるにあたって、それぞれの位階に相当する官職を授与した。授与された官人は、その功労によって位階に相当する官職に昇進もした。その序列の状態を解りやすく表にまとめたものを官位相当表という。


【官位相当表】

   官

位  
神祇官 太政官 中務省 式部省
治部省
民部省
兵部省
刑部省
大蔵省
宮内省
中宮職
大膳職
京 職
 
春宮坊
大舎人寮
図書寮
内匠寮
大学寮
雅楽寮
玄蕃寮
諸陵寮
主計寮
主税寮
木工寮
左右馬寮
兵庫寮
内蔵寮
縫殿寮
陰陽寮
大炊寮
主殿寮
典薬寮
斎宮寮
内蔵司
正親司
内膳司
造酒司
市 司
隼人司
織部司
采女司
主水司
舎人監
主蔵監
主膳監
主殿署
主工署
主馬署
弾正台 近衛府
衛門府
兵衛府
太宰府 鎮守府
按察使
斎院司
勘解由使
後宮

正一位
太政大臣

従一位

正二位

左大臣
右大臣
内大臣

従二位

正三位

大納言

尚蔵

従三位

中納言

近衛大将

尚侍

正四位上

東宮傅

尚膳
尚縫

正四位下

参 議

従四位上

大弁

典侍
典蔵

従四位下

大夫

大弼

近衛中将
衛門督
兵衛督

大弐

按察使

勘解由長官

正五位上

中弁

大輔

大膳大夫

少弐

正五位下

小弁

大輔
大判事

少弼

近衛少将

従五位上

少納言

少輔

学士

衛門佐
兵衛佐

将 軍

掌侍
典膳
典縫

従五位下

大副

侍従
大監物

少輔

文章博士

斎院長官
勘解由次官

正六位上

少副

大外記
大史

大丞
大内記


奉膳

大忠

近衛将監

尚書

正六位下

大丞
中判事


明経博士

侍医
斎宮助

(司)正

少忠

大監

従六位上

大佑

少丞

少丞

大進

主水正
舎人正
主膳正
主蔵正

衛門大尉
兵衛大尉

少監

斎院次官

尚殿
尚酒

従六位下

少佑

少判事
大主鑰

少進
大膳大進
京職大進

(署)首

大判事

勘解由判官

正七位上

少外記
少史

大録
少内記

大録

大膳少進
京職少進

馬大允
兵庫大允

医博士

大疎

衛門少尉
兵衛少尉

大典
少判事
大工

軍監

正七位下

少監物
大主鈴

判事
大属

大允
助教
明法博士

斎宮大允
陰陽博士
天文博士
女医博士

近衛将曹

主神

掌蔵
尚兵
尚門
尚掃
尚薬
尚水
尚書

従七位上

監物主典

少允
音博士
書博士
算博士


斎宮少允
陰陽師
暦博士
針博士
呪言博士

斎院判官

従七位下

大典鑰

大解部
少主鑰

漏刻博士
医師


典膳

博士

勘解由主典

正八位上

少録
少主鈴

少録

大膳大属

針師
呪禁師

少疎

算師
少典
医師
少工

典薬
典兵

正八位下

大史

判事少属
中解部

大属

按摩博士

主水佑
舎人佑
主膳佑
主蔵佑

衛門大志
兵衛大志

典門
典殿
典掃
典水
典酒
掌膳

掌縫

従八位上

少史

少典鑰

少属

大属
馬医師

斎宮属
按摩師

衛門少志
兵衛少志

従八位下

少解部

少属

大初位上

少属

囚獄大令史
正親大令史
令史

大初位下

囚獄少令史
正親少令史

令史

少初位上

主水令史
舎人令史
主膳令史
主蔵令史

少初位下

主殿令史
主工令史
主馬令史

参考: 和田英松 著『新訂 官職要解』(講談社学術文庫) 


 
 四部官 (shibukan) とは何か?

  

 四部官とは、どの役所に於いても役人を四等(四階級)に分けて、上から長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)に割り当てていたことをいう。
 長官(かみ)は役所を総て掌握し、次官(すけ)はこれを補佐し、判官(じょう)は役所内をまとめ、書類を審査し、誤りがあればこれを正し、主典(さかん)は事を受けて登録したり、書類案文や公文を作る。
 役所ごとにそれぞれに使用される文字が異なっていても長官の役職にある者はみな「カミ」、次官は「スケ」、判官を「ジョウ」または「マツリゴトヒト」、主典を「サクワン(サカン)」とよんだ。
 ただし、さきの『官位相当表』でみたように、それぞれの役所の長官や次官の位階にはかなりのばらつきがあり、あくまでも各役所ごとに役人を四階級に大別していたということであり、それぞれの位階(例:従五位下)は異なるのである。つまりは、役所ごとに序列があったと考えても良いのかもしれない。(太政官の長官は「太政大臣」であり位階は「正一位」であるが、司の長官は「正・奉膳」で位階は「正六位上」となる。)

 
【四部官表】

  官

級 
神祇官 太政官 坊・職 後宮諸司 近衛府 衛門府
兵衛府
検非遺使
鎮守府 太宰府 国 司 郡 司 斎院司
勘解由使

長官

太政大臣
左大臣
右大臣

大夫


奉膳

尚*

大将


別当

将 軍

大領

長官
使

次官

大納言

典膳

典*

中将
少将

副将軍

大領

次官

判官

中納言

掌*

将監

軍監

主政 判官

主典

少納言

令使

令使

将曹

軍曹

主帳 主典

 信長の家は代々、弾正忠という官途名を名乗っている。これは上の表の分類(官)は「台」にある「弾正台」という、現在でいうところの警察のような機関を指しており、その役所の四部官でいうと三等官にあたる「」の位にあったことを示している。
 当然ながら、この読み方は弾正忠(だんじょう
ちゅう)ではなくて「だんじょうじょうが正しい。多くの人が「だんじょうちゅう」と発音していることが多いが、正式に言えばこうなる。しかし、結構この読みが使われていた節もないわけでもなく、厳しく間違いだと目くじらを立てる程のことではないようだ。まぁ、知っておいた方がよいだろう。

 

 上の『四部官表』から、戦国大名が自分の治める國名をつけて、よく「三河守」や「播磨守」などと名乗っているのを目にするが、これは「国司」の欄をみるとその四階級がどのようになっているのかがわかる。
 たいていの場合は、
(かみ)が使われていて、それが一番上の階級である長官を意味しているということがわかる。

  

  
国 司

長官
 守(かみ)

次官
 介(すけ)

判官
 掾(じょう)

主典
 目(さかん)
 さて次に、信長が初期に名乗っていた官途名に「上総守」と「上総介」というのがあるのだが、これにはちょっとしたエピソードがある。
 このことについては、「国司」についてと、それぞれの国の事情についてみてみることにしよう。


 国司官位相当表

  

 国司(こくし・くにのつかさ)

 国々を治める役人で、今で言う県知事のようなものである。国と言っても、日本中のすべての国が同格ではなく、上記の表の如くに四等に区別されていた。この区別は、住民の多少、開墾の度合い、国庫収納の多少をもとにして定められたもののようである。なかでも、とりわけ「上総・常陸・上野」の三ヶ国は、親王の任国としてその長官を太守といった。しかし、親王は皇族なので諸国へ赴任をするわけではなく、この三ヶ国の場合は、もっぱら介が国の吏務を総裁し守の代わりを努め政務を執っていた。

 さて、信長の初期の文書にみられる「上総守」であるが(→第15号文書)、以上のことをみると上総国は親王の任国にあたり、「守」を名乗れるのは親王ということになる。つまり、信長は例え正式に上総の国の国司に任ぜられることがあったとしてもそれは、親王である太守の代わりとしての「介」ということになる。このしきたりを知らずに「上総守」を名乗ってしまったのか否かはわからないが、直ぐ後に信長は「上総介」と名乗りを改めている。(→第16号文書
 すぐさま名乗りを変えているところから察するに、親王が名乗るべき名を自らすすんで名乗ったのではないだろう。問題に気付いた家臣が口添えをしたのか、どうかも定かではないが、信長が若い時分にはこのような朝廷や律令に疎い一面があったことを裏付けていて面白いエピソードではないだろうか。

 

 
【国別国司官位相当表】
 

国 名

職 員

官位相当

大 国

大和、河内、伊勢、

武蔵、上総、下総、

常陸、近江、上野

陸奥、越前、播磨、

肥後       
守  1人
(権守 1人)
従五位上
介  1人
(権介 1人)
正六位下
大掾  1人
(権大掾 1人)
正七位下
少掾  1人
(権少掾 1人)
従七位上
大目  1人 従八位上
少目  1人
史生  5人
従八位下

上 国

山城、摂津、尾張、三河、

遠江、駿河、甲斐、相模、

美濃、信濃、下野、出羽、

加賀、越中、越後、丹波、

但馬、因幡、伯耆、出雲、

美作、備前、備中、備後、

安芸、周防、紀伊、阿波、

讃岐、伊予、筑前、筑後、

肥前、豊前、豊後    
守  1人
(権守 1人)
従五位下
介  1人
(権介 1人)
従六位上
掾  1人
(権掾 1人)
従七位上
目  1人
史生 4人
従八位下

中 国

阿波、若狭、能登、

佐渡、丹後、石見、

長門、土佐、日向、

大隅、薩摩    
守  1人
(介  1人)
正六位下
掾  1人 正八位上
目  1人
史生 3人
大初位下

小 国

和泉、伊賀、志摩、

伊豆、飛騨、隠岐、

淡路、壱岐、対馬 

守  1人 従六位下
(掾 1人) 従八位下
目  1人
史生 2人
少初位上
    

戦国大名が名乗った官途名をみる

これまで色々と官位についてみてきたが、最後に戦国大名がどのような官途名を名乗っていたのかをみてどのくらいの位階にあったのか等を比較してみてみよう。有名なところでは武田信玄や上杉謙信であるが、武田信玄は「」。上杉謙信は「」である。長くなるので下に表にしてみた。比較してみて欲しい。

 

【戦国大名官途名比較表】

戦国大名

官途名

官位相当

時期

 織田信長

上総介

正六位下

尾張守

従五位下

永禄9年7月17日〜

〜永禄11年5月

弾正忠

正四位下

永禄11年8月

参議

従三位

天正2年3月18日〜

右大臣

太政大臣
2  武田信玄
3  上杉謙信 弾正少弼
4  北条
5  徳川家康 三河守

従五位下
征夷大将軍
6  今川義元
 

松永久秀
弾正小弼

正五位下

永禄12年正月
山城守

従五位下
永禄12年3月28日〜

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